オクシブって?????-俗語と雅語-

2019年02月23日

天心庵守

先日、知人と渋谷のグルメ店の話で盛り上がっていたときに、「オクシブが流行っているらしい。。」といわれ、「なにそれ???」と私。

聞き違いかと思って何度聞いてみても、「だから、オ・ク・シ・ブ」としか答えてくれない。こちらも、一向になんのことやらわからず。

しびれを切らした私、「だからオクシブってなんのこと?って聞いてるの!」

呆れ顔の相手、「渋谷の奥のほうってこと。最近、そう呼ぶんだよ。」

目が点になりました。 だって・・・・

「渋谷の奥が流行っているみたい」

「オクシブが流行っているみたい」

字数が同じですし、略語にしてもさほど言い易いわけでもないと思うのです。

なんでわざわざ言葉をひっくり返してカタカナにしたのか私にはちょっと理解できませんでした。

同じように "ニコタマ"(東急田園都市線と大井町線が交わる二子玉川の街)なんてのも未だに抵抗があって、今でも私は"フタコ・タマガワ"と呼ばせていただいています。(苦笑)

となれば、知人曰く、この時点で私はすでに「マジ、ダサッ!」ということになってしまいました。

最近の若いものは・・・とオバさん的な愚痴や説教ごとをいうのでは皆目ありませんので、それをまず先にご理解いただくとしてお話をすすめましょう。

ちなみに、このような「俗語」の定義をインターネットで検索してみました。(これを"ググる"っていうそう。)

Wikipediaやコトバンクでは、「=教養としてあつかわれない言葉一般のこと。一般によく用いられてはいるが標準語法からははずれているとみなされる口語表現。「買ったばかりなのにすぐイカレタ (=こわれた) 」「きょうはツイテル (=運がいい) 」などでわかるように,書き言葉や正式の話し言葉で用いることはためらわれるが,逆に文学作品などで効果をねらって用いられることもある。」とありました。 ちょっと乱暴な定義かもしれませんが、なるほど。

"効果をねらって" というのであれば確かにオクシブやニコタマもそれなりにインパクトがありますね。

単に、「くだけた感じ」ということではないということです。

それでは、俗語の反対は何でしょう。

「雅語」(がご)というそうです。 「=洗練された上品な言葉。正しいとされる優雅な言葉。」とあります。 

私はパソコンの脇に「日本の大和言葉を美しく話す -こころが通じる和の表現-」(東邦出版 高橋こうじ著)という一冊の本を置いています。 時たまこの本を開いては、優しいまろやかな言い回しの大和言葉に魅了されます。                  

日本には大きくわけて、漢語と外来語、そして生粋の日本語「大和言葉」があるそうです。俗語もこころが通じないと言っているわけではありません。

ただ、優雅な余韻を残す言葉づかいを身につけておだやかな心持ちでいるのも素敵なことなのではないかと思うのです。

何も堅苦しい話をしようとしているわけではないですが、ちょっとだけ、知っておきたいなって思うのです。 知ってて使わないのと、正しい言葉を知らずにいるのとではちがいますものね。 

「どんな話し方をしようが、伝わればいいじゃん!ウザッ!」と言われたらそれまでですけれど。

ある時、いつも凛として知性溢れる女性広報の方にイベントのご案内状を差し上げたことがあります。その方から数日後、ご返事が届きました。そこには、毛筆で綴られた丁寧な言葉が添えられていました。

「。。。(前文)実は、当日はすでに先約がありまして、大変残念ですが、お目文字ができません。またの機会を心待ちにしています。」墨で書き慣れた綺麗な字で、人柄が見えた一通でした。

お目文字とは、お目にかかることをいう女性語だそうです。普通、手紙文などに用いられることが多いそうですが、たまにご年配で「近々、お目文字いたしましょうね。」と言われるご婦人もいらっしゃいました。

女性語、男性語があるのも大和言葉の素敵なところです。

雅語のことから、脱線してしまいました。

雅語は、「古来より伝わる日本の美しい言葉。平安時代を中心とする古典における正しいことばのことだそうです。

時代の流れに沿って感度のいい俗語が次々と造られていくことも興味深いことです。 伝え方にしても「今回はお会いできませんが、また次回お会いしたいです。」でも全くいいのです。

けれど、たまにはゆるやかな時間に身をおいて、楽しみながら和の表現が使えたら、なんとなく優美な感じがでて気持ちのいいものです。

お茶をいただくときも、「結構なお味でした。」とお伝えするのを

「超〜激ウマ!」なんてことになったらお茶の香りが飛んでしまいそうな。

これ以上、このような心配をしたらキリがなくなりそうです。

このお話はこのくらいにして、お暇(いとま)することにいたしましょう。(微笑)

お茶を飲みながら、さらっと気楽に読める一冊。