当世にみる一期一会

2019年02月15日

編集長M DELI&BAR1899TOKYOにて 

もうすぐ春ですネ。

春と言えば「出会い」です。

ちょっと気取って「一期一会」について語ってみたいと思います。

一期一会(いちごいちえ)とは、茶道に由来する日本のことわざ・四字熟語。茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て、亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えを意味する。 <ウィキペディアより>

とても素敵です。

「おもてなし」の根源的な言葉です。

だから大事です、という短絡な話でなく、

生命のリスクやテクノロジーが全く隔世した時代に作られた言葉を、日進月歩でテクノロジーがループする時代にどう活かすのだろうという思考の話です。

そんな高尚な話はできませんから、ゆるい話です。

先日のこと、

出張の待合せで、空港で部下を待っていたら、

LINEで「少し遅れます」のコメントの後に、

「てへぺろ」スタンプが...。

!!!!!!!

その部下のキャラクターをよく知っているので思わず爆笑してしまったのですが、

どうしても古い人間なので、会ってから昭和っぽい説教をしてしまいました。

「親しみをもって貰えるのは嬉しいのだが・・・」

「あのね、私の若いころは・・・」

「先ず、上司を待たせるなんてことがあってはならないから、必死だったよ」

「かなり時間前に出るなんてことは当たり前、待たせるより待つという心得」

「遅れる時は平身低頭以前に、待合せ場所は、駅の改札を出て何本目の柱の前でとか、逸れた時は伝言板にメッセージを残すとか、兎に角、詳細に打合せたものだったよ」

「それこそ、初めて行く場所であれば下見するくらいの緊張感を持ってだな・・・」

部下 「あのう、よく理解しておりますし、電車の遅延で待合せ時間に数分過ぎてしまっただけなのですが」「スタンプは、ほんの冗談のつもりで、編集長Mなら笑って頂けるかと・・・」

「あ、そうネ・・・、笑った」

というやりとりがあった時に

これは、一期一会に通じる話なのではないかと気付きがありました。

かなり飛躍しているようにも思いますが。

古(いにしえ)は、戦(いくさ)など社会的な解決手段が暴力的で、病気など治癒させる方法論も祈祷とか非科学的なものが多く、死亡リスクが高く、寿命も短い為、人生における時間価値がとても高かった背景があったからこそ、一期一会という思想が生まれた。

それこそ、今日のこの茶会が最後の晩餐という認識がリアルにあったのだろう。

今現在でも、情報テクノロジーの進化によって、出会いも目覚ましく変化していて、出会いの希少性や価値観が変化している。

ほんの20年前くらい、90年代の男女交際の始まりは、

電話番号交換で、時々「現在、この電話番号は使われておりません」ということもありましたが(笑)、彼女が実家住まいの場合、最初の壁が父親で「決して怪しいものではありません・・・」と釈明?して、いくつものハードルを乗り越えてデートに漕ぎ着けたものですから、それこそデートがとても貴重だったのです。

ホットドッグプレスなるデートマニュアル雑誌などもあって、予習もバッチリ(本当か?)で臨みましたから、兎に角、一生懸命に何かを話したり、シーンやシチュエーションを大事にしていたように思います。

結構イタイ感じもしますけど(汗)

こういうのは、行動経済学的には「フォーカスイリュージョン」(ダニエル・カーネマン)といって、ある種の「べき論」、幸福観のバイアス(固定観念)に過ぎないのですが、その時間を大切にする一期一会に通じる思想はあります。

現在のライフスタイルだと、

会う以前から、寝ながらLINEしたり、チャットしたり、バーチャルにインスタやFBでちょっと虚飾の自分を表現したり、果てはアバターで全く違う自分の側面を見せたり、出会うプロセスが目的に正直ではなくなりつつあるように思います。

LINEやチャットでは饒舌なのに会うと「世間話」が苦手で全然社交的でなく、全く面白くないとか、以前にも増してバーチャルな出会いからリアルな出会いの転換の危険性がはらむなどです。

どんなに情報テクノロジーが進化しようとも、本質的に出会いの希少性や貴重性に変わりはありません。人間である以上、五感で感じる実際の出会いに叶うものはありません。

人は出会いの回数と、その人となりを知ってこそ、親しみを持つものです。

バーチャルなツールの問題点は、どんなに双方向性、複合性を有しても、目的や機能に一辺倒で、人間の五感を満たすことはありません。

だからといって、便利さを手放して昔の生活に戻ろうとか、そんなことではありません。

情報のWABI・SABIです、情報過多の時代に恋愛だけでなく、会って話すというのは、とても貴重な時間で、重視した方がよいという話です。

当たり前のことです。

でも、人間は当たり前のことを忘れがちになる、当たり前のことが出来ません。

だからこそ、当たり前のことを重視して、行動する、会って話すということが大切なのです。

人と人生は変化します、その瞬間はもう二度とは訪れません。

冬もありますが、春も訪れます。

バーチャルなツールを時には手放して、会って話しましょう。

「世間話」も経験ですから、きっと磨かれます。

会える時に会って話をする。そんなことが一期一会なのだと思います。

「おもてなし」のプロから叱られそうですが、そんな身近でよいと思うのです。

きっとそれは、お茶のある「ゆるやかな」時間です。