直線の時間と丸い時間

2018年10月31日

Tensin anju

ようこそ、天心庵守へ。 

先日、他界された樹木希林の遺作となってしまったという話題も相まって、上映中の「日日是好日」(にちにちこれこうじつ)を観てきました。 この作品は、エッセイスト森下典子が書かれた本「日日是好日-「お茶」が教えてくれた15のしあわせ」を映画化したものだそう。

実は、恥ずかしながら、私はお茶の作法を知りません。というか、知ろうとしなかったと言った方が正しい。生来、「決められたかたち」というものを受け入れがたいたちなので、学校のお作法の授業もあったのに全く身につかずです。

この映画の予告編からしてお茶のハウツーものかいなと思いきや、映像が始まると期待はすぐに裏切られました。

若い20代の主人公(黒木華)がお茶の作法=かたちを習い、決められた所作を繰り返すうちに自然と心模様が変わっていく時の流れを描写された作品でした。 掛け軸の禅語、つくばいの水、雨の音、木々の木漏れ陽・・私たちが日々暮らす営みに当たり前にあったものが、静かにそして鮮明に映し出されていきます。 美しい描写に誘われながらわたしの心がほぐれていくと次第にからだ中でトクトクという自分の鼓動が聴こえてきました。

あ、自分のからだも時間(とき)を運んでいる。そう感じた瞬間、わたしのなかで生きる時間がとても愛おしくなりました。いのちが有限なのも歳を重ねていくうちに現実として感じ始め、より身近になってくるのだなとこのところ想っています。85歳の母親にとっては、そうしたことがもっともっと当たり前にあって、周りの知人の音沙汰がなくなるたびに「次はわたしかしらね。」というのです。心の準備ができているかのようでした。老婆の母がより愛おしくなります。

若い方々は、意気揚々と目的に向かって世の中を闊歩している人もあれば、将来の目的が定まらず悶々としている人もあり様々でしょう。いいも悪いも生き甲斐があるって素敵なことですね。若いときの時間と老いたときのその感覚は違うものですが、1日のなかで一瞬でもカチカチと音をたてる直線の時間ではなく、丸い時間を静かに楽しみたいものです。

流れに任せて自分を見つめてみる。 ふと、何かに気づくこともあるものです。

ゆっくりお茶でも一服、召し上がりながら。

一期一会